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人生の締めくくり方のための学び・その3 [シニアの学び]



「死生観に関する学び」

「人生の締めくくり方についての学び」

「死をめぐる学び」


文科省の資料には、この3つの言い方が使われていますが、どんな違いがあるのでしょうか?


この学びを通して、
「老いていく不安」が、少しでも軽くなればいいのですが 。

この学びを通して、
「その人の人生の失敗によって起こる劣等感」が、少しでも軽くなればいいのですが  。


人生の締めくくり方は、その人の今の状況によって、それぞれが異なります。


この学びは、ものすごく難しいです。


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インターネットのサイトを覗くと、哀しい高齢者のことがいっぱい載っています。哀しくなります。
でも、その記事も一つの「生きている現実」です。
(そのような生き方・死に方に賛同するかどうかは別にして、です。)

[新月]老いていく不安は 拭い去ることは出来ません、
その不安を隠そうと なるべく考えないように 人は日々の暮らしに没頭しています。私も。
「馬鹿な考え休むに似たり」・・・どうしようもないことに思いを巡らしてもしょうがないじゃないか。なるようになるさ。何とかなるさ。

[新月]風の如く消えていきたいです。
散骨場所は決めています。
やり方もちゃんとSDメモリーに残しています。

[新月]人それぞれの老い方があると思うのですが・・・
まだ未知の世界と思っていましたが もう突入しているのだとも感じています
そうなのです。
頭では わかっているのです。
四苦八苦の 四は  生  老  病  死

私には 老 病 死 の三つも残っています。

[新月]何人の子供が何人の年寄りを背負うか?
この少子化時代にお荷物なだけになった年寄り・・・
後の世代のことを考えても、何か手をうたないと、病院と介護施設だけが焼け太りして・・・・
安楽死制度の確立で、年金問題、消費税問題、国の借金。皆解決しますよ きっと。
まだ十分生きている意味を見出している。又、自分が誰なのか、意識のはっきりしているお年よりは、いつまででもお元気でいて欲しいと思います。

[新月]無駄な延命措置で高額な医療費を払って、老いさらばえた身を、いつまでも、この世にさらしたくないです。
日本の未来の設計もうまく出来ない政治家たちに任せていれば 年寄りの未来は 真っ暗闇です。
力も 考えも及ばず、温かい介護も期待できず、子や孫のことを思えば、自殺も出来ない年寄りはどうしたらいいのでしょう。

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死生観に関する学び  

死への準備教育  

人生の締めくくり方のための学び 

終章学 

死生学 

死学

形だけの講座を設定することは、別して難しくはありません。

お墓や、遺言や、遺産相続や、エンディングノートの進めや、断舎利等々の授業を設定することは、
難しいことではありません。

しかし、生徒一人ひとりが、それぞれの、死と対面して、残りの生を肯定的に考えられるような授業を創ることは、とてつもなく難しいです。

これからの生涯学習のコーディネーターや組織者の大きな課題です。難問です。

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話がまとまらなくてすみません。今日は、最後に、私が別のブログに書いた短文を載せます。

老いてもガンバです。

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「二つの美しさ」

リウマチを自彊術(じきょうじゅつ)で克服した人の講義(体験指導)を受けた。

背筋がまっすぐで、優しい顔をしていた。

「正しい型をすることが大事です。」「続けること 続けること。」と言いながら、四方八方に気を配って自彊術の動作と精神を伝達していた。

三十年近く自彊術に取り組んで自ら難病を克服してきた自信と正確な型からにじみ出る美しさが、教室に充満していた。

その横で講義のアシスタントとして八十一歳になる女性が模範演技をしていた。

その女性は、無口だけれど素人の私が見ても無駄のない合理的な動きをしていた。

この人も朝夕欠かさず、十八年間、自彊術に精進してきたのだと紹介されていた。

この女性も美しかった。講師の美しさとは違う一途な美しさを放っていた。

実に、講師七十三歳、弟子八十一歳。二人の振舞いは、禅の世界に似ていた。

休憩時間に陳列されていた書物のなかに『易経』があった。

不思議に思って講師にたずねてみると『易経』の一節を開いて、「天行健君子以自彊不息」という言葉を示しながら、「天の運行はすこやかである。人間は健康を保つためには、毎日自ら勉めて休んではいけない」という意味の解釈を教えてくれた。

休憩を挟んで後半の講義も前半同様、意味深く引き込まれるような講義であった。

勿論、七十三歳の講師と八十一歳のアシスタントの二人三脚で伝授が進行していった。

二人とも美しかった。

それぞれが違う美しさを放っていた。

要求された動作を人並みにできない私であったが、会場の誰よりも二人の美しさに圧倒されていた。

七十三歳の講師の美しさは、難病を克服してきた「救いの美しさ」だった。

八十一歳のアシスタントの美しさは、難病を克服してきた講師の生き方に魅せられ、修練の末に辿り着いた「求道の美しさ」だった。

百年近く続くわが国の体操(自彊術)の体験指導を終えた私は、身体の軽快な心地よさを感じながら幸せな気持ちをいっぱいにして会場を後にした。

強く生きようと思った。



Photo

元気をためて、深呼吸をして、歩いていこう。・・・ね。



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